光の中を歩む
神は、私たちが主の光の中に生きるようにと召しておられます。それは、私たちを神から引き離す影を拒み、日々、真理と愛と誠実さの中を歩むことです。聖書はこう思い起こさせます。「しかし、神が光の中におられるように、わたしたちも光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血がすべての罪からわたしたちを清めます」(1ヨハネ 1:7)。光の中を歩むとは、完璧であることではありません。それは神の御前に正直であり、主の御臨在が隠されたものを照らし、癒してくださるのに身を委ねることなのです。
イエスは言われました。「わたしは世の光である。わたしに従う者は、決して闇の中を歩むことがなく、いのちの光を持つ」(ヨハネ 8:12)。キリストに従うとは、主の真理が私たちの決断や人間関係、そして心を照らすに任せることです。主にあって、私たちはもはや混乱や罪悪感の中をあてもなくさまようことはありません。主の揺るぎない光に導かれ、目的をもって歩むのです。
パウロはこう記しています。「あなたがたは、以前は暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい」(エフェソ 5:8)。闇から光への変容は、贖われた人生のしるしです。光の子として、私たちは行うことすべてにおいて、神の善、義、そして真理を映し出すよう召されているのです。
光の中を歩むとは、隠すことよりも明瞭さを、恥よりも赦しを、恐れよりも愛を選ぶことです。それは、光そのものであるお方の御前にあって、いきいきと生きることなのです。
(1ヨハネ 1:7; ヨハネ 8:12; エフェソ 5:8)
来源: 聖書